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(17)  「天王寺動物園と私」  宮下実園長より   (5/8)
 イヌを2頭相次いで失い、あまりの私の悄気ぶりに、まもなく父が知り合いから雄の子犬をもらってきてくれた。黒茶色の雑種でクマと名付けた。太い尻尾をきりりと巻き、耳をぴんと直立させ、なかなか精悍なイヌだったが、翌年、銀行の新しい4階建ての社宅に引っ越すことから、手放さなければならなくなった。私とクマはこの家に残ると言い張ったがそれは通る話ではなく、近所の人に譲られて行った。中学生になる直前であり、この後、福井ではイヌとは縁が切れた状態となる。
高校2年の時に福井から奈良市に転居した。父が定年退職し奈良に居を定めたためで、私の記憶ではこれが6度目の引っ越しであった。その当時、奈良市西部の丘陵地は大阪のベッドタウンとして大規模に開発されていた。その新興住宅地に越してきた時は周りにはまだ家がほとんど建っておらず、開発されていない周縁には休耕田や林が残っていた。ここの溜め池でクサガメを見つけたときは、福井でメダカを見つけたときのような喜びを感じた。
 この奈良の地で最初に飼育したのは、高校通学の途中の道路で捨てられていた子犬であった。こげ茶色のやや長毛のムクムクしたイヌで、まだ眼も開いていない状態であった。捨てられている子犬を見ると、ついたまらず手を差し伸べるというどうしようもない性格は高校生まで変わることなく続いていた。家族から反対されたことはほとんど記憶になく、母はあまりイヌ好きではなかったようだが、世間によくあるような「捨ててきなさい」という高圧的な言い方はなかった。 ところでこのイヌ、愛称チョロスケはわずか2週間足らずで帰らぬイヌとなった。我が家に落ちついて1週間ほど経ったころ、急に下痢が始まった。水様性の下痢から暗赤色の粘稠な下痢便になり、元気一杯だったイヌが数日でやせ細り、歩くのもやっとという状態になった。駅に行く途中に当時はまだ珍しかった動物病院があったので、母に小遣いを前借りして、抱いて連れていった。
 その動物病院は大変狭く、一部屋で待合、診察、手術、調剤、レントゲンをすべてまかなうような感じで、動物病院に足を踏み入れたのは私ももちろん初めてだったが、なんとごちゃごちゃした所、という印象であった。診察してくれた獣医師は体温を測定し、その際、肛門に突っ込んだ体温計に付着した便を、顕微鏡でのぞいた。私に見ろと勧めてくれたので、恐る恐るのぞくと、ミミズのようにうごめく細長いムシと卵らしきものが顕微鏡の視野のなかに一杯あった。「これは鉤虫といって、小腸に寄生する線虫の卵とその子虫である。腸の粘膜に食らいついているので出血し、それで便に血が混じっている」と説明してくれた。私が寄生虫というものを見たのはこれが最初である。後に私自身が寄生虫を研究の対象にして博士号を取得するとは夢にも思わなかったことだが。

 (新世界NOW 宮本)
Copy right(C)2009 宮下実「天王寺動物園と私」 ALL rights reserved
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