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新世界NOW
大阪新世界から、ゆかりの地域や人につながるあらゆる情報をお届けします。
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(35) 通天閣下春日通リ 「三好ガクブチ店」

通天閣と共に歩んで50数年。石のおみくじや新世界で桜の名所として有名な
稲荷神社のある春日通リ(通天閣すぐそば)にあります。当店は額縁の他に
掛軸、絵画等数多く扱っています。下町のガクブチやらしく家族ムード一杯の店です。

額装で重要なマッティングをその場ですぐ低価格でご奉仕でき、また色色な変形サイズの
額縁などを安くご奉仕いたします。一度ご来店頂けたらご満足いただける商品を手にして
いただけると存じます。

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 休業日: 毎週木曜日
 営業時間: AM9:00~PM6:00
 電話番号: (06)6631-3996
 住所:   浪速区恵美須東1-6-12
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         (新世界NOW 宮本)









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(34) 「喫茶いづみ」 地下鉄「恵美須町駅」南出口すぐ(通天閣本通商店街)

広い店内で、ごゆっくりとおくつろぎいただけます。
 夏場は、氷屋さんの氷を使用したフアフアのかき氷で涼やかに。
 冬場は、自家製のぜんざいで温まっていただけます。

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休業日: 毎月 第2・第4 木曜日
営業時間: AM7:00 ~PM8:00
電話番号: (06)6643-4055
住所:   浪速区恵美須東1-14-8
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       (新世界NOW 宮本)











(33) 「桂ざこば」と「米朝事務所」主催 10月の『動楽亭昼席』
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      (新世界NOW 宮本)


(32) 「喫茶ピープル」   春日通商店会の北詰東角店
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  PM7:00~PM12:00まではカラオケ「ステージで歌って踊れます」

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  AM11:30ころからPM5:00頃まで「カレーとコーヒー」で¥500

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  手作りカレーとコーヒーセットで¥500 休みの日にお袋連れてちょこちょこ食べに。満足します。

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 カラオケのステージ。 

休業日: 不定休
営業時間: AM7:00~PM5:00  PM7:00~PM12:00
電話番号:  (06)6641-1110
住所:   浪速区恵美須東1-11-10 (春日通商店会)
ピープル
     (新世界NOW 宮本)



(31) もうスッカリお馴染の「秋休」と「大空美樹」さん等のストリートライブ2件
 「秋休」
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 「大空美樹」
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      (新世界NOW 宮本)

(30) 通天閣南本通のお土産店「ビリーズSHOP」

大阪のおみやげ●よしもとグッズのお店です○
カピバラさん似とウーパールーパー似のお姉さんが居るので、声かけてください♪

新世界ならではの、串かつソース(いろんな種類あります)!!

ビリケンさんの置物とかストラップもいっぱいあるでっ!

カピバラさんとウーパールーパーさん似のお姉さんが着てる大阪限定のTシャツも
おすすめっ!!!みんなできよ!!

たこ焼きの形や味のお菓子、あめちゃん、雑貨、大阪弁の色んな雑貨…
なー~~んでもあるでっ!!!とにかく来てみてぇ◎待ってるで。biri1

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   どちらが「カビパラ」「ウーパールーパー」お姉さんでしょうか?訪ねて訊ねてみてみ!

休業日:  無休
営業時間: 平日・日曜 AM9:00~PM10:00
        土曜日AM9:00~PM10:30
電話番号: 06-6644-7774
住所:   浪速区恵美須東2-3-13
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       (新世界NOW 宮本)





(29) 「岩井ゆき子」 ライブ at Tower's Bar(ギャラリー再会)で!

9月26日(土曜日) PM:2:00開演


ゆき子ライブ

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「ギャラリー再会」(HP)
         (新世界NOW 宮本)

(28) 「メガネのマルミヤ」は秋の感謝セール(50%off)実施中! おこしやす!
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 店頭スタンド等に掛かっている¥1000のサングラスも、サングラスがずれ落ちないよう
 無料で掛かり具合の調整サービスをしています。当店だけのサービスではないでしょうか!

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休業日: 木曜日
営業時間: AM10:30~PM7:30
TEL&FAX: (06)-6641-4361
住所: 浪速区恵美須東2-3-21
「メガネのマルミヤ」 (HP)「虎やの銀海楽園」

「新世界NOW  宮本」



(27)  「天王寺動物園と私」   宮下実園長より   (8/8) この章終わり。
家の回りを囲うフェンスの隙間を金網や板でふさぐものの、1時間もしないうちにまた雄イヌが
入り込んでくる。また私が飛び出して行く。この繰り返しであったが、イヌも私の接近に気づくや
逃げ出すようになった。この雄イヌとの激闘をとおして、イヌのすごい能力に驚かされた。隙間を
ふさいだはずなのにどこから侵入してくるのか不思議であったが、なんと高さ1.5mくらいの門や
塀を軽々と乗り越えて出入りしているのであった。彼らは皆、首輪をしているので飼い犬と思うが、
雌恋しさのあまり鎖を引きちぎって、押しかけて来ているのである。中には鎖を引きずったままの
雄イヌもおり、発情している雌への執着がいかにすさまじいものか、初めて実感した。イヌ好きの
私でも、我が愛犬に迫ってくる彼らには憎しみしか感じなかった。
 そのうち私の気配だけで雄イヌはいち早く逃げ去るため、ダメージを与えられなくなった。
効果的な戦法を考えた末、思いついたのが二階から石をぶつけること。握り拳くらいの石を集め、
二階の窓から屋根に出て不法侵入のイヌに爆弾を落とそうというのである。これはなかなか
効果的であった。イヌにすればまさか天から石が降ってくるとは思いもしなかったのだろう。
腰や肩、時には頭にも直撃したが、イヌというのは丈夫である。一瞬、ビクッとするものの平気で
走り去る。しかし明け方まで夜通しイヌとの攻防を繰り返すわけにもいかず、チコは夜間、玄関内に
入れるようにした。最初の発情は私の防御線が功を奏し、雄イヌはすべて撃退され、チコは身ごもる
ことはなかった。
 高校3年の夏、いよいよ進路を決めるときがきた。私は昆虫学者を断念し、獣医師への道を
進むことにした。昆虫への関心よりイヌへの思い入れの方が強くなってしまったからだろう。
特に治療してもらったにもかかわらず、あっけなく亡くなったチョロスケのことが片時も頭から離れ
なかったし、その後に飼ったチコがイヌという生き物がいかに人との結びつきの強い動物であるか
を教えてくれたからである。残念ながら1年間の浪人を余儀なくされたが、翌年、第一志望の
大学の獣医学科に合格し、晴れて獣医師の卵になった。いよいよドリトル先生目指して舵をきった
のである。  (つづく)

      (新世界NOW 宮本)
Copyright(C) 2009 宮下実「天王寺動物園と私」  All rights reserved

なお「天王寺動物園と私」の執筆は、毎月末頃 来年3月末までに亘って行なって頂ける予定です。
大変お忙しい中無理なお願いを快く引き受けて下さった宮下実園長には深く感謝申し上げます。
また「新世界NOW」をご覧頂いている皆様にはご高覧お楽しみくださいませ。


(26)  子供の頃から、新世界名物と言えば「釣鐘屋」の「釣鐘まんじゅう」でした。

明治33年(1900年)、地元の有志から四天王寺に大梵鐘が奉納され、大阪商人の
心意気を示す快挙として評判になりました。その奉納記念に、釣鐘の型を模した饅頭を
四天王寺前で売り出したのが『釣鐘まんじゅう』の始まりです。

時は移って昭和の始め。バナナが出回りたいへんブームとなりました。けれど当時の
バナナは庶民の手の届かない高級果物。そこでバナナを食べたいが、食べれないと
いう庶民の願いを思い、考案したのがバナナのお菓子「名代芭蕉」です。
 バナナが身近な果物になった今でも最初のバナナのお菓子「名代芭蕉」と
『釣鐘まんじゅう』は釣鐘屋本舗の名物として、当時の変わらぬその姿と味を今に
伝え続け、なにわの人々に愛され続けています。

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    これが「名代芭蕉」と『釣鐘まんじゅう』です。
この度、新世界若手店主の会「新世界援隊」の皆さんがこの『釣鐘まんじゅう』を
新世界名物の一つとして推奨されています。

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マップ
 
休業日: 元旦のみ
営業時間: AM8:30~PM6:00  支店: AM10:~PM6:00
電話番号: 06-6644-0212
ホームページ:   http://www.tsuriganeyahonpo.co.jp
「釣鐘屋本舗」(HP)

       (新世界NOW 宮本)










(25)  天王寺動物園情報誌 「Together vol9」より
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このカットは縦書きですが、横に寝かせました。

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新聞構成
  「天王寺動物園情報誌 Together Vol9」を上記のようにカットして掲載しています。

  天王寺動物園(HP)

(新世界NOW 宮本)








(24)  喫茶 「玉一(タマイチ)」

創業85年。昔の製法を守りながらも改良し続けて今に至る喫茶店です。
 冬季限定: 手作りホットケーキも好評です。

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  新世界の若手商店主のグループ、「新世界援隊」が新世界名物の一つとして推薦している
  「オムカレー」です。オムライとカレーが超マッチ。

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  「勧業博覧会」の懐かしい貴重な写真が飾られています。

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休業日: 水曜日
営業時間: AM7:30~PM9:30
電話番号:  06-6643-2309
FAX:     06-6643-2733
住所:   浪速区恵美須東3-4-1(弁天町会)
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「喫茶タマイチ」 (HP)
(新世界NOW 宮本)






(23)  「天王寺動物園と私」   宮下実園長より   (7/8)
 チョロスケの死以来、さすがの私もイヌを飼いたいとは思わなかった。ところが高校3年に
なった4月のある朝、校庭に捨てられていた子犬を見てしまった。白色の雌で生後三週間
くらいか。授業中もあのイヌをどうするか脳裏から離れず、最終的に下校時にいなければ
それでよし、もしいれば持って帰ることにした。ところがいたのである。通りかかる学生に
愛想を振りまき、顔には誰が書いたのかマジックで眼の周りにいたずら書きをされていた。
抱き上げてしばらく顔を見ていると、私の親友が気をきかせて箱を探してきてくれた。ここまで
お膳立てされてはしようがない。近鉄電車での通学であったので、駅員に見つからないように
鞄で隠すようにして持ち帰ったが、家族は私がいずれどこかでイヌを拾ってくるだろうと思って
いたようである。
 この子犬はチコと名付けた。なかなか気立てがよく、私の飼ったイヌの中では一番優秀で
あった。この時にイヌというのは躾ければどんどん賢くなり、飼い主への忠誠心、服従心は
大変強い動物であることを実感した。
 1歳前に初めての発情があったが、陰部からの出血に気がついた時、これは大変、チョロスケ
と同じようにお尻から出血していると慌てふためいたものである。発情が始まるとあちこちから
雄イヌが集まり、我が家の庭に不法侵入してきた。チコがヒィヒィ鳴く声に二階の窓を開けると、
庭には数頭の雄が入り込んで徘徊していた。我が家の箱入り娘に何をするという怒りに、私は
階段を駆け降りると裏口に用意していた樫の木刀をつかみ、庭へ飛び出していく。雄イヌはチコ
のお尻の匂いを嗅ぐのに夢中であるから、私が木刀を下げて側まで来ても気がつかない。
この当時はまだ剣道初段だったと思うが、思い切り振りかぶって雄共の背中に撃剣を振り
下ろした。なぐられた雄は不意をつかれてキャンと鳴くものもあれば、恋路を邪魔された恨み
からかウォッと怒りの声をあげるものもいた。幸い向ってくるイヌはおらず、私の気迫と木刀に
恐れをなして、慌てふためいて逃げ去る。

       (新世界NOW 宮本)
 Copy right(C) 2009 宮下実「天王寺動物園と私」 All rights reserved
(22)  「天王寺動物園と私」   宮下実園長より    (6/8)
獣医師は注射を一本打ってくれた。「これで大丈夫」と言う彼の言葉を、私は神様の託宣
のように聞いた。よかったよかった、これでムシが死んで、明日からチョロスケは元気に
なる。家まで抱いて帰る足取りも軽かった。母には一本注射してもらったので直によくなる
と伝えた。
 暑い日差しを避けるために、風の通る裏庭に箱を置きその中に横たえた。動物病院を出る
ときに比べ、何か心持ち反応が鈍いような気がしたが、今、じわじわと薬が効いて腸のなかの
寄生虫が苦しみながら死んでいるのに違いない、もう少し経てば元気を取り戻すのだろうと
思った。しばらく経って箱の中を覗くと、どす黒い下痢便をまた排泄していた。拭き取るために
抱き上げた時、異変に気がついた。頭を支える力がなく体全身無力な状態。地面に横たえて
心臓のあたりを指で探ったり、呼吸をしているのか胸の動きに注意したが、おかしい。かれこれ
五分ほど見ていただろうか。チョロスケは死んでしまったと実感した。なぜなのだろう。
あの獣医師は治ると言ったではないか。悔しさと悲しさの入り混じった中で、その獣医師の
悪口を言い続けていた。高校2年の初夏の暑い日であった。
 昆虫学者を目指していた私が、一転、獣医学へと目を向けるきっかけとなったのは、この
チョロスケの死が原因といえるだろう。藪医者にかかるくらいなら、私が治そうではないかと。
それに私の飼うイヌはあまりにも皆短命であった。イヌが好きなのにもかかわらず長く生かせ
ないのは、イヌに対する知識が欠けているのにちがいない。イヌを治せる獣医師になるべきでは
ないだろうか。私の心のなかでは将来への葛藤が続いた。高校2年が終わろうとしているのに
どちらの道へ進むか、私はまだ決めかねていた。

    (新世界NOW 宮本)
 Copy right(C) 2009 宮下実「天王寺動物園と私」  All rights reserved
(21)  「道教の美術」 大阪市立美術館で9/15(火)~10/25(日)
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(ポスターの一部を組み替えて転載しています)
 大阪市立美術館 (HP)
        (新世界NOW 宮本)

   
(20)  「半田昇氏 藍綬褒章受賞祝賀会」が料亭「錦」で盛大に催されました!

 元「新世界町会連合会」会長を4期8年に亘って勤められた「半田屋酒店」
店主の半田昇氏が、この春の叙勲に際し目出度く藍綬褒章を受けられました。
保護司として27年間の長きに亘って難しい仕事を努められ、無事退職された
暁の名誉ある叙勲でした。祝賀会でのご挨拶は仕事がら秘守義務もあってか
その仕事の難しさをおくびにも出されず、淡々として手短なものでした。唯一つ
ある日店番をしていると若い男性が入って来て、「おっちゃん。あの時は大変
お世話になりました」と挨拶されて思い起こされました。「今結婚して表に家内が
居ります」と言って呼び入れると、その連れ合いが誠に丁寧にご挨拶をされた
そうです。半田氏は彼が真っ当に更生され立派な社会人になられた事を心から
喜ばれ、そのご夫妻の事が嬉しさの余り2,3日頭から離れなかったそうです。
ほんとに長きに亘ってのご苦労に敬意を表すると共に深く感謝いたします。
これからも末永くお身体には充分ご自愛頂き、ご指導ご鞭撻下さいますよう
謝してお願い申し上げます。
戦後新世界の住人で叙勲を受けられた方々は、半田氏で5人目だそうです。

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  半田昇氏のご挨拶
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  「新世界連合会婦人部長」 衣川あや子様から花束贈呈

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  藍綬褒章の表彰状と勲章

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  新世界町会連合会から贈呈された水引の半田家の家紋「丸に木瓜(もっこ)」

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  宴たけなわ婦人部の方々が祝いの踊りで盛り上げてくれました
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料亭「錦」のHP(HP
      (新世界NOW 宮本)




(19)  「喫茶 サン」 春日通商店会東側で電光掲示板がご案内

当店ではコーヒー、紅茶 270円の低価格でご奉仕しております。
日替定食、ハンバーグ、エビフライ等のメニューもすべて手作り。
お米は期間限定ですが、10月~1月頃まで、農家直送の富山の
コシヒカリを使用しています。

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休業日: 不定休
営業時間: AM7:00~PM6:00 
              日曜日のみAM7:00~AM11:00
電話番号: 06-6643-4844
住所:   浪速区恵美須東1-6-13(春日通商店会)

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        (新世界NOW 宮本)
(18)  「吉野悦世」LIVE  9月12日(土曜)PM2:00~ 「新世界市場内」
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(新世界NOW 宮本)




(17)  「天王寺動物園と私」  宮下実園長より   (5/8)
 イヌを2頭相次いで失い、あまりの私の悄気ぶりに、まもなく父が知り合いから雄の子犬をもらってきてくれた。黒茶色の雑種でクマと名付けた。太い尻尾をきりりと巻き、耳をぴんと直立させ、なかなか精悍なイヌだったが、翌年、銀行の新しい4階建ての社宅に引っ越すことから、手放さなければならなくなった。私とクマはこの家に残ると言い張ったがそれは通る話ではなく、近所の人に譲られて行った。中学生になる直前であり、この後、福井ではイヌとは縁が切れた状態となる。
高校2年の時に福井から奈良市に転居した。父が定年退職し奈良に居を定めたためで、私の記憶ではこれが6度目の引っ越しであった。その当時、奈良市西部の丘陵地は大阪のベッドタウンとして大規模に開発されていた。その新興住宅地に越してきた時は周りにはまだ家がほとんど建っておらず、開発されていない周縁には休耕田や林が残っていた。ここの溜め池でクサガメを見つけたときは、福井でメダカを見つけたときのような喜びを感じた。
 この奈良の地で最初に飼育したのは、高校通学の途中の道路で捨てられていた子犬であった。こげ茶色のやや長毛のムクムクしたイヌで、まだ眼も開いていない状態であった。捨てられている子犬を見ると、ついたまらず手を差し伸べるというどうしようもない性格は高校生まで変わることなく続いていた。家族から反対されたことはほとんど記憶になく、母はあまりイヌ好きではなかったようだが、世間によくあるような「捨ててきなさい」という高圧的な言い方はなかった。 ところでこのイヌ、愛称チョロスケはわずか2週間足らずで帰らぬイヌとなった。我が家に落ちついて1週間ほど経ったころ、急に下痢が始まった。水様性の下痢から暗赤色の粘稠な下痢便になり、元気一杯だったイヌが数日でやせ細り、歩くのもやっとという状態になった。駅に行く途中に当時はまだ珍しかった動物病院があったので、母に小遣いを前借りして、抱いて連れていった。
 その動物病院は大変狭く、一部屋で待合、診察、手術、調剤、レントゲンをすべてまかなうような感じで、動物病院に足を踏み入れたのは私ももちろん初めてだったが、なんとごちゃごちゃした所、という印象であった。診察してくれた獣医師は体温を測定し、その際、肛門に突っ込んだ体温計に付着した便を、顕微鏡でのぞいた。私に見ろと勧めてくれたので、恐る恐るのぞくと、ミミズのようにうごめく細長いムシと卵らしきものが顕微鏡の視野のなかに一杯あった。「これは鉤虫といって、小腸に寄生する線虫の卵とその子虫である。腸の粘膜に食らいついているので出血し、それで便に血が混じっている」と説明してくれた。私が寄生虫というものを見たのはこれが最初である。後に私自身が寄生虫を研究の対象にして博士号を取得するとは夢にも思わなかったことだが。

 (新世界NOW 宮本)
Copy right(C)2009 宮下実「天王寺動物園と私」 ALL rights reserved

(16)   「喫茶通天閣」  通天閣の真下、お花一杯のティールーム

通天閣本通リ入口の西角です。お店は50年余り。店内では季節の生け花を
お客様に楽しんで頂けます。

軽食、手作りハンバーグ。
焼肉定食、タレは自家製です。
美味しくお客様に喜んで頂いています。

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休業日: 不定休月二回
営業時間: AM8:00~PM11:00
電話番号: 06-6641-8267
住所:   浪速区恵美須東1-19-6(通天閣本通商店街)
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(新世界NOW 宮本)


(15)   「天王寺動物園と私」  宮下 実園長より    (4/8)
夕暮れ時、川に水を飲みに降りてくるイエコウモリを捕まえようと網を振り回し、汗だくになって諦めかけた時にズシンという手応えとともに御用になったコウモリ。捕まえたという感激も束の間、その翼を折り畳んだ体はあまりにも小さく、その哀れな顔つきに今度は私自身が感じる後ろめたさ。自然の生態に関心が引き寄せられたのは、まさにこの福井での小学4年から高校1年までの7年間であろう。
 この時期、イヌは三度飼った。1頭目は引っ越してすぐに両親に頼み込み、知人から譲り受けた茶色の雑種の雌で名前はペス (三代目) 。小学五年の頃である。一年ほど飼った頃、鎖が切れて外にさまよい出て行方しれずになってしまった。私は自転車で町中を愛犬探しに費やした。一カ月も経った頃、家から数㎞離れた所で野良犬然としたペスそっくりのイヌを見つけた。名前を呼びながら近寄ると、尻尾は振るものの怯えて後ずさりし物陰に隠れる。何故怖がるのかと訝しりながら、近くにあった縄でくくり家まで連れて帰った。家族にペスが戻ってきたと得意満面で伝えたが、皆、一目見るなりペスではないと言う。そんなはずはないという自信も、時間がたつにつれ揺らいできた。毛色や姿は似ているが、よく見ると確かに違う。ペスを捜し求める一念が、よく似たイヌに幻を見てしまったのだ。翌日に元の場所に連れ戻したのは言うまでもない。
 次に飼ったイヌは街角に捨てられていた子犬を家に持って帰った。名前はコロと付け、元気一杯だったのだが一週間経ったころから餌を残すようになった。なにか元気がない、どこかおかしいがよく分からない。ある朝、眼脂とともに粘稠な鼻汁を出して元気消失のコロを見たとき、これは大変だと思った。口元に餌を持っていけば尻尾を振りながらかろうじて食べる。しかし日ごとに容体は悪化し、鼻と眼は粘稠な分泌物で覆われ、頭をもたげる力もなく横たわったままとなり、時折、痙攣がみられた。この当時、動物病院などはなく、成す術もないまま一週間後にコロは亡くなった。わずか一カ月足らずでイヌを失ったことは大きなショックであった。後年、コロの病気はウイルス性の伝染病、犬ジステンパーと知ったが、この当時の私にはイヌの病気など知る由もなかった。

 (新世界NOW 宮本)
Copy right(C)2009 宮下実「天王寺動物園と私」 ALL rights reserved

(14)   「天王寺動物園と私」  宮下実園長より    (3/8)
 小学4年のときに父は福井市にある支店に転勤となった。福井の最初の印象は、
なんと人の少ない、ビルのない、車の少ない街なんだろうということと、広く空が見える
ということが心に残った。しかし引っ越しの騒ぎが収まり、休日に自転車で家から少し
遠出をしてみると、田や畑、池、小川があり、大阪のコンクリート護岸の生命を感じさせない
黒く濁った河に比べ、水が透き通り、水草が繁茂し、土手には植物がおい茂った小川は
私には魅力的な世界であった。
 大阪のわずかな空間でしか見かけなかったチョウやトンボがここではどこにでもいた。
さらに水中を覗き込んで驚いた。メダカがいたのである。さらによく見れば小ブナや
ゲンゴロウもいる。池の端には泥の穴があり、そこからは赤く大きな鋏を持った
アメリカザリガニが悠然と顔を覗かせていた。図鑑でしか知らないこれらの小動物を
目の当たりにして、私はまさに狂喜の世界へと突入してしまった。休日はもちろん、
普段の日も学校が終わるや網を持って野や田畑、池や小川に赴き、昆虫採集は無論のこと、
ザリガニやメダカなどの採集に熱中するのが日課となってしまった。
 これらの採集中に時折出くわすシマヘビやアオダイショウも、初めて目にした時は
恐怖のあまり足が竦んだものである。そのうち徐々にウロコがはっきりと分かる距離にまで
近づくことができるようになり、意を決して初めてヘビを素手で掴んだときのヘビの冷たさに、
一瞬ゾクッとしたのを今でも覚えている。トカゲやカナヘビは何度も捕まえ損ない、自切して
残された尾が何故動くのか不思議で、動きが止むまで厭きもせずに長い間見ていた。
また、板壁の節穴にハチが出入りしていたので、中はどうなっているのだろうと覗きこんだ
途端、巣穴から飛び出してきたアシナガバチに攻撃され、必死で逃げたものの背中を
一刺しされ、その時のあの激痛、これも忘れられない思い出。

    (新世界NOW 宮本)
Copy right(C) 2009 宮下実「天王寺動物園と私」 ALL right reserved

(13)   「通天閣劇場 TENGEKI」 9月スケジュール
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(新世界NOW 宮本)

(12)   「天王寺動物園と私」  宮下実園長より  (2/8)
 私が物心ついた時、身近には常にイヌがいた。父が銀行に勤めていたため
転勤がつきものであったが、銀行の社宅が一戸建ての場合は必ずイヌを飼育
していた。この原稿を書くにあたって、幼稚園時代から現在に至るまで、飼育した
イヌを数えてみたら18頭もた。幼稚園から高校までは捨犬を拾うというケースが多く、
それらのイヌはほとんど短命であった。
飼育管理の失宜というより、病気に対する知識がなかったことが一番の原因である。
 さて、私の最初のイヌは名古屋から始まった。記憶にある一番古いイヌは幼稚園に
上がった頃、黒っぽい雑種の子犬が居たのをかすかに覚えている。名前はペス、
私が抱いた写真も残っている。短命だったようで初代ペス、二代目ペスと短い期間で
イヌが変わっていた。
 幼稚園2年目で名古屋から大阪に引っ越したが、銀行の三階建ての社宅は大阪市内の
ど真ん中、もちろんイヌを飼える環境ではなかった。この時期に私の関心はもっぱら昆虫に
向けられる。社宅のすぐ隣に銀行の創業者の別宅と広大な庭園があり、大阪の中心部とは
思えないような深い緑に包まれていた。
ここはセミ、トンボ、チョウなど昆虫の宝庫で、夏は網を手にこのお屋敷の崩れた塀を
乗り越えて忍び込み、昆虫採集にいそしむのが私の日課であった。自然の少ない大阪で、
限られたわずかな空間の自然を私は満喫していたのである。それ以外には歩いて10分
ほどの所にある百貨店の大丸やそごうの屋上に行った。お目当ては金魚すくいと鯉釣り。
天王寺動物園には何度か行っているがホッキョクグマやゾウ、キリンなどを見た記憶はあるが、
園内で鳴いているセミを捕まえようとしていた思い出のほうが強い。

(新世界NOW 宮本)


(11)   「天王寺動物園と私」  宮下実園長より (1/8)
  「天王寺動物園と私」  ①ファーブルからドリトル先生へ

                      天王寺動物園長 宮下 実

天王寺動物園に勤務して今年で37年目になる。そんなに長く勤めたという実感はないが、
定年退職まであと7か月を残すところとなって、ようやく人生の半分以上を勤めてきたのか、
という実感が最近伴うようになってきた。せっかく感慨が沸いてきたことであるし、私がなぜ
獣医師になりたかったのか、イヌやネコのペットクリニックの開業ではなくなぜ動物園に
就職したいと思ったのか、動物園人生の一端をここでご紹介したいと思う。
最近の夏休み、捕獲網を持ってセミやトンボを捕まえようとしている子どもの姿を見かけ
なくなった。昆虫が少なくなったのか、昆虫に興味を持つ子どもが減ったのか・・・答えは
両方であろう。少年時代の私は、当時の子どもが憧れたように、ファーブルに引きつけられた。
彼の著作「ファーブル昆虫記」を読みふけり、フランスの偉大な昆虫学者、ジャン・アンリ
・ファーブルを羨望のまなざしで見ていた。
その影響もあって将来はムシ屋になることを夢見ていた。昆虫学の道に進むべく、
小中学生の頃は昆虫採集に明け暮れていた。いつか日本のファーブルになることを
信じていた。ところが運命はどこでいたずらをするか分からない。
後述するように、ふとしたことがきっかけで私は昆虫学者ではなく獣医師の道を歩み
はじめてしまった。なんとファーブルからドリトル先生へと方向転換してしまったのである。
動物の言葉が分かる動物のお医者さんを目指したものの、36年以上を経過した今でさえ
未だに動物の気持ちを汲み取れないことがあるのは残念としか言いようがない。
 ところで私の周りには仕事はもちろん家庭内でも動物があふれかえっている。
まさに動物ぬきで語れない私の人生は、昆虫への関心から始まり、身近かな自然界の
生き物への尽きぬ興味へとつながった。さらに家庭で飼った何頭ものイヌが私に大きな
影響を及ぼし、それが大動物の乳牛へと変わり、それよりも大きなゾウやキリンへの
思いが強まり、ついに野生動物に携わる獣医師への道となったのである。私に大きな
影響を与えた動物の思い出を綴ってみよう。
 
(新世界nowより:今回宮下園長に投稿していただいた文はまだまだ続きます。 
連載形式でアップしていきますので今後もご期待ください。 新世界now 宮本)
なお 宮下園長の許可無く記事の引用・転載等はご遠慮下さい。
(9)   大衆演芸場 「朝日劇場」と「浪速クラブ」
『朝日劇場』
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『浪速クラブ』
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          (新世界NOW 宮本)

(8)   9月分  「映画館(2軒)、 大衆演芸場(2軒)」のスケジュール
 『日劇』 日劇のシンボル像
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 「新世界東映」

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 「日劇会館」
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『国際劇場』
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こく2

大衆演芸場は続編に!

     (新世界NOW 宮本)











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